山麓GKの春日様よりサクセラ小説を頂きました!
「キョウヘイ」
堺さんの言葉に、俺の身体はぴくりと反応した。けれど、後ろを振り返れば平然とした顔で通話を続ける堺さんが居て、「ああやっぱりそっちね」と落胆してしまった。
堺さんの友人の中に「キョウヘイさん」が居ると知ったのは最近のことだ。何やら古い付き合いの彼が転勤で東京に戻って来るらしく、久々に会おうとかそんな会話をしていらっしゃ
る。今日も夕食後、リビングのソファーの上でまったりしつつ何やらいいムードになってきたところに電話が掛かって来て、堺さんはキッチンの方に消えてしまったのだ。で、楽しそうな
会話を続けている、と。ときどき聞こえてくる親しげな「キョウヘイ」呼びに、俺が逐一反応してるなんて知らないで。ちくしょう、悔しい。
晴れて恋人同士になっても、俺と堺さんはチームメイトで先輩後輩でライバルだった。俺も堺さんもやっぱり生粋のサッカー馬鹿で、どうしてもそちらが優先される。だから、甘く名
前で呼び合う関係になれるはずもなく、従来の「世良」「堺さん」呼びが続いているのだ。別にそれでいいと思ってたんだけど。でもやっぱり自分の名前(厳密には自分じゃないが)を呼
ばれれば、反応もしてしまうわけで、俺はさっきからずっとどきどきそわそわしていた。
「何してんだよ、世良」
俺が微妙な嫉妬と妄想に身を焦がしているうちに、友人との電話は終わっていたらしい。キッチンに行ったついでに淹れて来てくれたお茶のカップを受け取る。苦いけどこれを飲む
ようになってから身体の調子がいいのだ。一気には飲めないので少しずつ啜っていると、隣に座った堺さんが思い出したように告げた。
「あ、次のオフはちょっと友人と会うからな」
「えー…」
つまり毎週のように押し掛けているのを遠慮しろ、ということだ。わかってはいたけど、ヤキモチモードに入っていた俺は素直に頷くことが出来なかった。
「キョウヘイさんっすか?」
「あ?俺名前言ったか?」
「聞こえてました」
だって俺の名前だもん。聞き逃すはずがない。堺さんはきっと俺が恭平だって知らないだろうけど、親しげに楽しそうにその音を紡ぐたび、俺の心臓は敏感にドキドキしてきゅっとな
ってた。それが悔しい。
「………」
「あっちのキョウヘイさんと楽しんで来て下さい」
こんな嫉妬じみた嫌味、自分でも格好悪いし鬱陶しいな、と思った。こうして家に上げてもらって、隣で堺さんの淹れてくれたお茶を飲めるだけで充分なはずだったのに、世良と呼ん
でくれるだけで嬉しかったはずのに、欲張りな俺はどんどん次が欲しくなっている。
「お前ね…」
堺さんがはあ、と呆れたような息を吐いた。ああ、やっぱり。大人な堺さんがこういう拗ねた態度を取る俺を煩わしいと思っているのは知っている。またやっちゃったなあ、と軽く自己
嫌悪に入っていると、隣から小さく「キョウヘイ」と呼ぶ声が聞こえた。
「キョウヘイ」
「………」
「馬鹿っ、お前だよ!」
「えっ?あっ、はいっ!」
鋭く怒鳴られて、俺はカップをテーブルの上に置いて居住まいを正した。そして、堺さんの言葉を反芻する。え、今なんて言ったの?俺のことなんて呼んだの?行き当った答えに、
かあっと自分でも顔が真っ赤に染まるのがわかる。
「…ちょ、ちょ…え?堺さん、ウソだぁ」
「何だよ、こっちのキョウヘイはそれで拗ねてたんじゃねーのかよ?」
「うわ、またっ!!」
「ホントうるせぇなお前は…」
そういえば電話が掛かってくるまで、ちょっといい雰囲気だったのだ。まるでその続きをするように堺さんが身体を寄せてくる。近付いた唇が喚く俺の口を軽く塞いで、そのまま輪郭を
なぞるようにこめかみに移動した。掛かる吐息が俺の髪を揺らす。
「恭平…」
「っ…」
耳朶を食まれ、吹き込まれる音に俺の身体は完璧に落ちた。
「さ、堺さんそれナシ!やっぱダメっす!」
散々、「キョウヘイさん」を俺に置き換えて妄想してたけど、実際に俺を呼ぶ堺さんの声はそれとは全然違ってて。馬鹿な俺の頭じゃ、どう表現したらいいのかわからないくらい、優し
くて甘くて蕩けそうだった。ってか、もう溶けかかっている。
「はっ」
俺は必死に訴えたんだけど、目の前の堺さんはいい玩具を見つけたと言わんばかりの悪戯っ子の笑みで応えた。あ、ヤバイなこれ、今日このネタで散々遊ばれる。いつも頭が足り
ない俺の予想は、このときばかりは100%の確率で的中したのだった。
もうしばらくは「世良」のままでいいかもしれない。
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春日様がサイトでリク募集していたので「世良を下の名前で呼ぶ堺さん」を
お願いしたところ、こんな萌えるサクセラに仕上げてくださいました!
持ち帰りOKのお言葉に甘えてこちらに転載させていただきました。
春日様、どうもありがとうございました。
そんな春日様のサイトはこちら
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